熟年の日記

熟年離婚バンコク一人ぼっちの年金暮らし

タイで死んだらどうなるの?

死んだ彼がどうなったのかを日本大使館で聞いたところはっきりした話は本人のプライベートの話なので教えてくれませんでしたが、日本の緊急先に連絡したところ、お姉さんが高齢でタイに来ることが出来なのでタイ政府によってご遺体は処分されたとの事

バンコク銀行の預金について聞くと預金についても回答は出来ないとの事でした

仕方がない事ですが私もいつの日か必ずタイで死んであの世に行きます。

その為、タイに一人ぼっちで生活をしている日本人の為に

タイで死んだ時の「葬儀」「タイ銀行預金の解約」「遺族年金の申請」

をする為の非営利共済団体「日本バンコク共済会」を設立しました。

 

人は何かの目的をもって生まれて来ると言われております。今回大学卒業後の波乱万丈のブログを書きました。来年からダイレクトメールをお届けした企業様に突然お伺いしますのでよろしくお願いします。

 

 

類は友を呼ぶ

一人で食事をしていると本当に色々な日本人と知り合う事が出来ました。タイに来て

カラオケの美人と再婚して60代で子供を産んで僅かな厚生年金で

子供が成人するまで、生きると言う人、日本に奥さんを住まわせ本人はタイに住んでゴルフ三昧の人、タイ美人のバーに行きカラオケを歌う人、

昔に流行した「帰って来た酔っ払い」

の通りバンコク良いとこ一度はおいで酒はうまいしねーちゃんは綺麗だ」

そんな一人ぼっちの年金生活をしている中で私と同年代の日本人と

知り合いの成りました。

彼は日本では独身生活をして退職後タイの魅力に魅かれ、本人の預金の全てタイ銀行に送金して厚生年金をタイ銀行で受け取る。私と同じ一人ぼっちの楽しい年金生活をしておりました。

まさに類は友を呼ぶの通り毎週日本食のランチを二人で楽しんでいましたが、

ある日突然に私と食事の最中に発作を起こしタイの病院に緊急入院しましたが

一週間後に死亡してしまいました。

バンコクに戻り部屋探し

バンコクに戻り部屋探しをすると、奇跡的に一年前に住んで居た築年数が古いが

プール、トレーニングジム、サウナ、WF、付きでプロンポン駅から徒歩5分で15000バーツのコンドミニアムの同じ部屋が空いていたので即入居しました。

同じ部屋番号の為全く1年間のブランクがありましたが問題なくバンコク一人ぼっちの年金暮らしが始まりました。

 

日本の住民届をタイに変更

タイで一人ぼっち年金暮らしをする際、日本の住民票をタイに変更すると、大変な状況になる事が判明しました。

<メリット>

1、住民税は支払わなくても良い

2、介護保険料は支払わなくて良い

<デメリット>

1、国民健康保険なし

2、公的年金の税金が高くなる

3、個人年金の税金が高くなる

4、確定申告等が一切出来ない

でも自宅を失い日本で生活する意味が無くなりタイに住民届を提出する

私の僅かな財産の離婚調停

立川裁判所からの自宅の仮差押命令書を開けて見ると内容が理解出来ず、妻に聞くと妻からコピーされた1枚の名刺を渡されて全てはこちらの弁護士に任せてあるので電話して下さい。との事で止む無く翌日にその弁護士に連絡すると、裁判所からの仮差押命令書の通りですと電話を切られる。失礼な弁護士と思いインターネットで弁護士事務所を検索すると、その弁護士事務所は創価学会の弁護士事務所でした。

妻は創価学会員で私は無宗教者です。私は第一生命の友人から創価学会は裏ではカルト教団だったオーム真理教よりトンデモナイでもない事をやっている噂話を聞いていましたが、それが私に降りかかってしまいました。

早速トンデモナイ創価学会の弁護士との私の僅かな財産分割の離婚調停を立川裁判所で始まりました。

創価学会の財産分割の手口は①妻は350万円しか預金が無い②退職金で購入した

5000万円の自宅の評価が2100万円(私が購入した業者では3000万円であれば即金で業者が買い取る)

話し合いは平行線の為、裁判で私の僅かな財産の分割をする事としましたが、離婚調停最終日に二人の子供が裁判所に来て「お父さん自宅を売却すると私たちの住むところが無くなってしまう」と悲しい顔をして話す姿を見て,自宅は子供たちの為に広い自宅を建てた事を思い出し自宅を売却せずに財産分割を行いました。

結果自宅を失い僅かな預金と分割された年金を持って再びバンコクに戻り

熟年離婚バンコク一人ぼっちの年金暮らしが始まりました。

 

手相学校に入学

私の趣味(楽しみ)は普通の人と違い、変わり者で無趣味で趣味(楽しみ)は仕事でした。酒のつまみは業績日報で業績日報を眺めながら日本酒を飲むのが楽しみでした

その為タイでの旅行会社の事業に失敗して日本に帰国後、新たな仕事を探しましたが、私ぐらいの年齢になると仕事は全く無くやむなく街頭で着物を着て帽子をかぶり手相占い師をやろうと手相学校に入学しました。

6か月で無事に手相学校の卒業証書を貰い、街頭での占い師は色々と問題が発生するので、占いの館のコーナーを毎月借りてそこで新米の手相占い師をする準備をしている、日曜日の午後に家庭裁判所から私が第一生命を36年間一日も休まず馬車馬の如く働いて貰った退職金5000万円で買った自宅の仮差押命令書

が立川裁判所から届きました

バンコク入国後、軍事クーデターが発生お客様が一人も来ず廃業

タイ青春倶楽部設立後すぐに軍事クーデターが発生してしまい、日本の外務省からは

タイの渡航制限が発表され日本での予約は全てキャンセルされてしまいました。

又運悪く会社の運転資金100万バーツをタイ従業員に着服されしまいました。トドメは爆弾テロが発生してしてしまい日本人の一人が負傷してしまい止む無く会社設立1年で成果も全く無しで廃業に至りました。

日本帰国時は自分はプラス思考でどんな事が起きても前向きに対処して来ましたが

さすがに今回は落ち込んでしまい、二度とタイに来る事が無いと思いつつ飛行に乗り

「でも1年間自分を楽しませてくたタイに感謝して」帰国の途に就く

その後またタイに戻り又バンコクで同じ部屋のコンドミニアムに居住する事は

全く予想出来ませんでした。