熟年の日記

熟年離婚バンコク一人ぼっちの年金暮らし

一通のハガキが自分の人生を変えてしまった

<第7回>

大学時代は遊ぶ金を得るため毎日をバイト生活に明け暮れた結果、大学の卒業成績は

「優」「良」「可」の判定でオール「可」で又おまけに私の大学は三流で就職先は残念ながら三流企業しか応募できませんでした。応募した企業は①日産自動車の下請けのスピードメーターのA社と②大手運送会社の系列会社のB商事会社の2社に応募しました。しばらくするとB商事の試験の案内状が郵送されましたが、A社の案内状が待てど暮らせど、来ないため、書類選考で落ちてしまったと思い、諦めていた日の午前10時ごろに応募したA社の人事担当者から電話が掛かって来ました。内容は本日の入社試験になぜ来ないのか電話でした。私は入社試験の案内状が来ないのは、成績が悪いので書類選考で落とされたと思い諦めていましたと回答をしました。これからが小説のような実例が起きました。人事担当者と電話の最中に、川口郵便局の局長がバイクに乗って「石原雄一郎さんはおりますか」と慌てた素振りで一枚のA社からの入社試験案内状を持って来ました。私が川口郵便局の局長に、A社の人事担当者と入社試験に行かなかった理由を説明をしている話をすると、電話口に局長が変わり、人事担当者に色々と説明をした結果、私だけ特別に午後から入社試験をしてくれる事になりましたが、当日は私の友人が私に会いに九州から飛行機で羽田まで来る為、A社の入社試験を断り、B商事に入社に至りました。此の決断が私が熟年離婚をして「一人ぼっちのバンコク暮らし」になる事を私も両親も全く想像で出来なかった、波乱万丈のスタートの始まりでした。

 

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